蕎麦の歴史

蕎麦の歴史

蕎麦の発祥地

現在では、日本食として定着していますが、原料である蕎麦の実は他国から伝来してきたものです。蕎麦の歴史は長く、発祥地の説は幾つか存在していますが、その中でも有力なのが中国雲南省からヒマラヤあたりが原産地だとする説です。

蕎麦という植物がもたらされたルートは、日本全域で同じというわけではなく、対馬は朝鮮半島から、北日本はシベリアから、九州は中国大陸からわたってきたと考えられています。

日本で長く愛される蕎麦

蕎麦は外国からもたらされた植物ですが、日本における歴史はかなり古くまでさかのぼります。

高知県では蕎麦の花粉と蕎麦を食した痕跡のある縄文土器、さいたま市岩槻区の遺跡からは種子が発見されました。このことから、蕎麦という植物は縄文時代から存在しており、その時代から食料として栽培されていた植物だとして認識されています。

続日本紀という史書では、「蕎麦」という名称が使われています。
蕎麦に関する記述があったのは、歴史的文献で続日本紀が初めてだと言われています。続日本紀の中では、小麦や晩禾と呼ばれる稲と並んで、栽培が推奨された植物であったことが紹介されています。

日照りや冷涼な気候に強く、栽培する土地を選ばないため、凶作の時でも収穫の見込みがある植物として位置づけられ、凶作などのいざという時に人々の命を繋ぐ植物として重宝されていたのです。

主食として定着するまで

現在の日本では、主食として食されている蕎麦ですが、かつては主食ではありませんでした。縄文時代や弥生時代には、蕎麦の実を粉末状にすることができる臼も存在していましたが、当時の製粉技術は現代のように効率的に製粉できません。

ある程度の分量を製粉しようとすると、多大な労力がかかってしまうため、当初は、粒のまま食べるのが主流でした。

やがて時は移り鎌倉時代になると、中国から大量の製粉を可能にする挽き臼が日本にもたらされ、蕎麦や小麦は粉食として人気を集め、広く普及していきました。

このように蕎麦の歴史を知ると、「蕎麦=粉もの、主食」という概念は、かつての日本人にはなかったことが分かります。蕎麦が現在の形で定着するまで、その長い道のりを経ていたというロマンは、おいしい蕎麦の魅力を一層引き立ててくれます。

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